とある日常 14

『あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。』

 

・・・“とりあえず定型文を冒頭に挿入しておけば、新年最初の文言としては間違いないだろう”と、ある意味打算的に新年一発目を書き出した今日この頃、皆様はいかがお過ごしだろうか。

”ギンギラギン”なのにも関わらず”さりげなく”行動するにはどうすればよいのかを、頭を抱えながら日々模索しているL室長である。

全世界的におめでたいイベントがあろうが無かろうが、「L室長のとある日常」はブレることなく語られていくので、引き続き皆様に話題を提供できれば幸いである。

 

 

さて先月末、私は金沢にある大学の合同企業説明会に参加してきた。今回はその時の話を書こう。

同僚から、

「笑いでは決して周りに負けないように。」

という意味不明な指示を受けて送り出された12月某日、着慣れないスーツに身を固め小松空港に降り立った。

沖縄25℃から金沢4℃へと、“ピン”と研ぎ澄まされた空気に全身の毛穴が“キュッ”と締まる感覚。私の体毛が久しぶりに活躍できる環境下である。

沖縄には薬学部のある大学が無い。それが全ての理由ではないが慢性的な薬剤師不足である。大学で行われる合同企業説明会というのは、「沖縄の将来を担(にな)う薬剤師の卵を何とかしてとっ捕まえてこよう」という、あわやくば沖縄県の将来にも係わるミッションなのである。それゆえに、私のモチベーションも珍しく高く、(旨い魚が食えるということもあり)テンションはかなり上がっていた。

両手に大荷物を抱え、意気揚々と到着口を出る。

・・・あれ?・・・何かおかしい・・・ズボンが下がる・・・

 

(!!・・・ベルト忘れた!!・・・)

 

・・・まぁ、よくある話である。みなさんもこのような状況にはよく遭遇するだろう。間違いない。

何故そこまでで気づかないのか?そんなことは分からない。午前中はおなかが出る体質なんだきっと。(適当)

よって私は慌てない。性格上、“何か紐のようなもの”でベルトの代役が務まればそれでよいのだが、一緒に同行している職員は以前、私の私服について詰(なじ)った女性職員でもあり(とある日常10参照)、さすがにビニール紐をベルトの代わりに腰にまわしたら、一緒に歩いてくれないばかりか一生口を聞いてもらえないことは間違いない。そんな時はどうすればよいのか。

私は彼女に言った。

「もしも俺が学生さんに話している最中に、ズボンがずり下がり下半身がはだけるようであれば、何事も無く近寄りズボンを上げ続けてくれ。学生に対するこの情熱を、ズボンが下がっただけで妨(さまた)げられたくはないんだ!!」

女性職員「・・・任せてください!!」

・・・「買えよ!!」というお言葉はスルーさせていただく。両者への突っ込みどころが多いことはよくわかっている。

 

さて、二泊三日の間、いちいちズボンを上げなければならないという、余計な行動を課せられた私だったのだが、その程度ではもちろんこのテンションは下がらない。沖縄をアピールするための努力は惜しまないつもりだった。

そして期待を胸に当日の朝を迎えた。

起床後にシャワーを浴びる日課である私は、服を脱いでホテルの浴室へと踏み込む。そのとき事は起こった。

 

『ぐきっ、ガラガラドッシャーーーン!!』

 

若干宙に浮いた感覚があった次の瞬間、大きな物音を立てて私は転倒した。どうやら室内と浴室に微妙な段差があり、見事にそのトラップに私は引っかかったわけだ。

とっさに両手をバスタブのヘリをつかんだものの、力無くへなへなと横たわるしかなかった。右の足首はみるみるうちに腫れてきていた。

さて想像していただこう。

よい歳をしたおっさんが、浴室で朝っぱらから豪快にすっ転び、全裸で打ち震える姿を。

・・・その通り、ぶざまである。

・・・しばらく立ち上がれない。痛いのもあるが、切なさと悔しさと悲しみで立ち上がれないのだ。私はガンダムでもなければ明日のジョーでもないのだ。(わからない人は申し訳ない。)

無造作に立ち上がる。昨日までのテンションはすでに影も形もない。

「ふなあ゛ーーーー!!」

ムラムラとやり場のない怒りがまたこみ上げてきて1人浴室で咆哮(ほうこう)する。無駄なエネルギー消費である・・・

 

 

数日後、会社宛に一つのメールが届いた。

「沖縄に帰省している間に、薬局を見学させて欲しい」

先日お話させていただいたひとりの学生からのメールであった。

(・・・まじか。ベルト忘れて片足を引きずりながら歩き、テンションがた落ちのちょっと変なおじさんだったのにも関わらず、うちの薬局に少しでも興味を抱いてくれたのか!)

大手チェーン薬局様はおそらくもはや感じることのないであろうこの喜び、再度湧き上がるテンション、まだ腫れの引かない右足首。

(ここはひとつ、うちの魅力を存分に味わってもらうチャンスじゃないの!でも待て。せっかく見学してもらうのに、ナビゲーションする俺の、そこはかとなく香る胡散(うさん)臭さがマイカーから出てしまったら台無しだ・・・まずはマイカーをきれいにせな・・・俺が原因で「やっぱやーめた」なんで思われた日にゃもう・・・立ち直れん・・・まずはそう、”見かけ”だ!!おしゃれゴリラ(とある日常13参照)に相談だっ!!)

そこで、イケメン職員お勧めの芳香剤を買い、ゴリラお勧めの”なんだかわけの分からないバルサン”みたいなものを車内に炊き、洗車と車内清掃を前日に行い準備を整えた。

 

見学当日、紳士に学生さんを迎え、各薬局を巡る。

(・・・今の私には全く落ち度が見当たらない・・・)

数日前から各薬局に連絡をしていた手回しのおかげもあり、職員の皆さんも学生さんとわきあいあいと話している。

1件目2件目と、順調に紹介できている。テンションも上がっている。

(・・・引き続き私に落ち度はないはずだ・・・)

テンポ良く3件目の薬局へたどり着き、自販機で飲み物を買うため財布を取り出そうと右手を後ろのポケットに伸ばしたとき、とある事実が判明した。

 

(・・・うそ・・・ズボンのお尻付近・・・やぶけてる・・・)

 

手の感覚だけでは正確によく分からないが、なんか広範囲に及んでいる感触。

(・・・いつだ?いつから俺はトランクスをさらけ出している?全てを完璧に用意したつもりなのにまさかの「穴あきズボン」で足元をすくわれるのか?・・・いや待て、今まで誰も指摘してこなかったぞ?これはもしや・・・誰も気づいていないんじゃ・・・)

 

そそくさと3件目の薬局に入り、とりあえずこの場だけは黙ってくれそうな職員(私が居なくなったとたんにバラす気満々な職員)に声をかけ、ズボンの状態を見てもらう。

 

「・・・室長、トランクス丸見えです。」

 

(のぉぉぉぉー・・・だよねー、手の感触で結構やばそうだと思ってたんだよねー・・・終わったー・・・なんかいろいろ終わったー。ばれてたー、絶対ばれてたー。何故そうなる、準備万端だった筈なのに、何故肝心のところでそうなる俺っ!こんな落ちなんて期待してないんだよぉぉ・・・なんでこのタイミングなんだよぉぉ・・・)

 

そそくさと片足を引きずりつつ、ズボンのお尻に片手を当てながら、薬局の外に出る。

今年は暖冬と言うことだが、なんだか天気が崩れ始めようやく沖縄も肌寒くなってきた。

寒風がお尻にしみた。