とある日常 8
『飲んで飲んで飲まれて飲んで、飲みつぶれて眠るまで飲む』
・・・ような、途中で確実に一度嘔吐するようなお酒の嗜(たしな)み方はなるべく避けるようにしようと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしだろうか。(若い人はわからなくて申し訳ない。)
ご存知の方も多いと思われるが、沖縄は車社会である。
「とある日常7」でも少し触れたが、老若男女、上から下まで運転をする人口割合がまんべんなく高く、更にレンタカーも加わる為運転人口も多いのは、沖縄の一つの特色ではないだろうか。
「まず歩こう!」という意識を持つ人は、最近は増えてきたと思われるがそれでも少ないだろう。沖縄の中年以降の人間が東京に行くと、階段の上り下りに慣れておらず、膝や腰を痛めて帰ってくるということはよく耳にする話である。
さて、今回の話しは前回に引き続き車についてのエピソードである。
ある日いつもの様にFMラジオを聞きながら出勤の為に運転していると、何かの違和感があった。片側一車線の旧道であり、その日は特に渋滞する事も無く車は流れていたのだが、何か視界にチラチラ入ってくるのである。
その原因はすぐに分かった。
バックミラー越しに覗(のぞ)き見ることができる後ろの車の運転手だ。
歳が二十台くらいであるその若者は、おそらく大観衆の前に立っているイメージなのであろうか、身振り手振り激しく唄(うた)っていた。
もしかしたらご自身が経験されたことのある方も多いかもしれない。
一人だけの“車という密室”の中、誰にも邪魔されることなく好きな曲をかけて熱唱するということを。
(実は私もその経験があるのでその気持ちはよくわかるのだが、彼のアクションの大きさに、前方を注意するより、どうしてもバックミラーの方に目が行ってしまうくらいであったことをご理解いただきたい。)
・・・それにしても気分が良さそうである。片手にハンドル、片手におそらく見えないマイク。腕を拡げて唄っている。あ、マイクらしきものを前に突き出したあと耳に手を当てている。観客と掛け合いもしているようだ。何かのライブだと思われ、振付けからどうやらアイドルのそれらしい・・・。
そろそろ私の運転が前方不注意となりつつある危険性も自覚していた。数分後ろに気を取られているその間、その若者が本当のマイクを持っている想像ができるくらい惹(ひ)きつけられていたからだ。
さすがに私がこの状況で前方不注意により衝突事故でも起こすと、言い訳に困ることは明白なので、彼の観客になりつつある自分を引き戻し運転に集中することとした。
程なくして赤信号で車が停まった。
どうも、さっきよりも視界がチラチラする。見たら負けだ、彼にまた魅了されてしまう。
(いや、そもそも運転中はちゃんとバックミラーも確認しながら運転しなければならないのだが。)
しかし見てしまうのが人間の性(さが)である。誘惑に抗(あらが)うことは出来なかった。
・・・!!
・・・動きが、か、加速している!!・・・
まさかの赤信号停車中の、全力の『オタ芸』であった。
もちろん車体の揺れもグワングワンとハンパない。この瞬間彼は前方を見る気がなさそうだ…。
先ほどまで演者側であったのに、今は観客側として思う存分堪能しているこの男。
・・・私は感動した。朝の出勤というのは大抵の人間にとってダルいものであるにも関わらず、テンションを上げた状態で仕事に臨もうとする彼に。そして音楽とアイドルがもたらす影響力に。
「君はその音源に支払った金額の元は確実に取っているよ。製作者側も涙を流して喜ぶと思うよ、作ってよかったって。」
そう声を掛けてあげたくなるのは私だけではないであろう。間違いない。
その後、変わらぬパフォーマンスの彼の車と遭遇したのは一度だけあったが、それ以降は無い。
今後もし彼とコンビニなんかで出会ったならば、話しかけられずにはおれないだろう。
「事故るなよ」